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電話サービス業の歴史的変遷

4月25日創刊 株式会社LCAコミュニケーションズ 「コンタクトセンター・マネジメント 」より

ccm.jpg電話サービス業の夜明け~そして業務代行会社時代へ

1つの机の上に10台くらいの電話機が並び、壁にも電話機が取り付けてある。それも今はなきダイヤル式の黒電話だ。『リーン、リーン』とけたたましく鳴っている。その呼び鈴に反応して狭い部屋で女性が受話器を取り、異なった会社名を名乗っている。中腰か立って忙しく電話に応対している。ちょっと異様な雰囲気であった。

今やコンタクトセンターとしてお客様の電話やEメールに対応しているが、当時の原型はほぼこんな感じであった。これが秘書代行センターの始まりである。このビジネス自体は今も続いており、インフラがどんどん進化するもののビジネスとしての需要は衰えていないようだ。

当時、転送機器メーカーであったC社は転送先の電話受けが必要となり、秘書代行サービスを始めている。C社はベンチャー企業の旗手として社長も会社名もかなり有名になり、漫才コンビのテレビCFは未だ筆者の脳裏に焼き付いている。非常に鮮烈であったし、ベンチャーという言葉よりもアントレプレナー(起業家)という響きは、当時のビジネス界にとっては快い言葉であったことを記憶している。

その後、24時間365日の損保会社事故受付やエレベータの保守管理など電話窓口業務など、転送電話や転送端末と共に、ポケベル(87年開始)との組み合わせで電話業務を代行する新たなサービスがビジネスとして登場した。このあたりから業務代行サービスが始まっていたのかもしれない。

 当時のことを思い返すと、電話を壁に貼り付けていた時代から、1人ひとりのブースに1台ずつ置かれた電話で、若い女性が電話応対する時代へと変化していった。しかしながらアナログの時代なので、回転式の棚には各地域の電話帳が並んでいて、ランダム被験者の電話調査のときは電話帳をそのまま置いて電話していたことを鮮明に覚えている。

電話番号のリストがあるときは、プリンタ用紙に印字されたリストをそのまま受け取りに行ったこともあった。通販の電話注文の場合は、5~6枚伝票を打ち出すプリンタの音が響く中、その打ち出された伝票を仕分ける作業などは、夜を徹して行われていた。

また、アウトバウンドのときの大変さも頭の片隅に残っている。それは電話アンケートや電話調査で、調査票を埋めるために30分もかかるものもあったため、コミュニケーターが涙しながら業務を遂行していたことだ。たびたび目にしたときは、どうも悲惨なイメージだった。当時はかなり労働集約型の業務であった。

 86年『テレマーケティング』という言葉が米国から入ってきた。テレマーケティングという米国の雑誌を入手し、コンベンションを見に行ったのもこのときだった。その規模と進み具合に唖然としたものである。かなりのビジネス規模になっていたからだ。電話をどのようにビジネスに活用するか、そんな企画書を量産していた時であり、テレマーケティングという言葉はビッグビジネスの予感を与えてくれていた。その刺激がその後、筆者にテレマーケティング・ハンドブックを執筆するきっかけとなったのである。

テレマーケティング先進国:米国の拡大戦略 

86年当時、米国ではすでにAT&Tが地域分割をし、その結果各地域ごとにべビーベルという地域電話会社が分散しており、中でもテレマーケティングの啓蒙に熱心だった西海岸のパシフィックベルの進行速度が突出していた。電話のビジネス利用のトラフィックを増やすために、テレマーケティングをテコとして、米国の地域電話会社は着々と戦略を実行していたのである。いちばん感心したのは、もうすでにテレマーケティングのテキスト(教科書)が存在していたことで、さらにインバウンドとアウトバウンドのコール内容ごとのセミナーも開催されていた。

 当時、筆者はテレマーケティングで何ができるのかという論議や企画書を考えていた時期であり、米国のその進み方に驚嘆したものであった。86年から米国で行われていたテレマーケティングのビジネスショーを見ては鮮烈な印象を持って帰国したことを覚えている(写真1)。

すでにアウトバウンド用に電話帳リストがオンラインで販売されていたり、テレマーケティング用のコンピュータシステムも独自のソフトとハード端末をセットで販売していた(写真2)。また、コミュニケーターのトレーニングテキストはかなり魅力的に見えた。当時のテレマーケティング会社のパンフレットを見ても、古いという印象は受けない。今でもまだ通用する写真である(写真3)。

NTTのテレマーケティング啓蒙活動展開

86年にNTTのテレマーケティング子会社が設立され、88年にはNTTが全国の電話局長を集め、『電話局長テレマーケティング研修会』を開催した。『テレマーケティングは単なる一部門の業務ではなく、NTTの全組織とお客様との間の信頼関係を築き上げることが基本』ということで、NTTのテレマーケティングへの啓蒙活動はトラフィック増加のための手段の1つとしてスタートを切った。

シナリオとしては米国のAT&Tと同じ展開であり、当時のNTTのテレマーケティング地域会社は北海道から九州まで各地域で設立され、その創立当時の各初代社長はかつてない苦労があったと聞く。その立ち上げと新規業務の獲得、まだスタンダード化されていなかった各種のオペレーションなど、試行錯誤の繰り返しであったようだ。

その後、各地域のNTT支社ではテレマーケティングの啓蒙が盛んに行われ、89年~92年までの4年間はそれこそ日本全国に筆者はセミナーのために駆り出された時期だった。特に、85年からサービスを開始していたフリーダイヤル“0120”の伸びが良くなかったため、テレマーケティングはフリーダイヤルを売るための格好の材料となっていた。

テレマーケティング時代から音声応答装置の時代へ

 88年7月に日本テレマーケティング協会が発足し、同年「月刊テレマーケティング」という雑誌も創刊された。その後、「月刊テレマーケティング・ジャーナル」という雑誌も発刊されたが、2誌ともすでに休刊になっている。この88年は今思えば『テレマーケティング元年』というべき年であったような気がする。この時はテレマーケティング業務代行会社と呼んでいた時代だった。

今やテレマーケティングという言葉はあまり使われなくなったが、当時テレマーケティングと言うと、どうも業務代行のイメージが強く出てしまっていた。そのため、特にアウトバウンドは今でも残る強引な先物取引などの電話と勘違いされた時代であり、テレマーケティングは悪質な電話と異なるということをどのようにアピールできるか、当時は真剣に考えたものだ。

米国ではインハウスでのテレマーケティングが主流であった。しかし、なぜか日本では業務代行会社だけが目立ってしまい、コミュニケーターの職業としてのポジションやテレマーケティング会社の格付けは弱かったようだ。米国で「仕事は?」と聞くと、自信に満ちた顔で「テレマーケティング」と言うあの明るさは日本には訪れなかったような気がする。

 日本のテレマーケティング発展の歴史上、オペレーション業務を支えてきた優れものを紹介しておこう(図1)。1)目的に従ってコールを分配し、コール管理データなどログデータが活用できるACD、2)通販などの電話受注業務では当たり前の電話帳データベース、3)機関銃のように一斉発信することができるプレディクティブ・ダイヤリングシステム、4)使われている電話かそうでないか、電話番号をクリーニングするTACS(全自動電話番号クリーニングシステム)サービス、5)インバウンドの一時対応を行い、消費者の目的別にコールを分岐させる音声応答システム、6)NTTが転送サービスをする前の転送電話と転送端末、7)NTTのフリーダイヤルサービスとナンバーディスプレイ・サービス、この7つのハードやシステム、サービスは日本のテレマーケティングに大きく貢献してきたと思う。

88年から現在に至るまでに多少落ち込みもあったが、テレマーケティングはインハウスでの展開やサービス業としても活発な伸びを示すことになる。テレマーケティングが隆盛を極める94年頃から電話でのキャンペーン応募がスタートし、95年頃は音声応答装置によるキャンペーンが開始。その後、誰が呼んだかわからないが『テレプロモーション』とか『テレプロ』いう言い方で1つの市場が形成されていった。97年に筆者が執筆した原稿では、『革命をもたらしたオーディオテキスト』というタイトルで通信と広告との融合について触れた。広告を見てすぐ応募できる気軽さが受けたのであろう。

音声応答装置のサービスを提供するH社の登場や倒産も業界では1つのトピックスであったが、2000年に入る頃には音声応答装置もあまり使わなくなり、下火になった今は、消費者のコールを目的別に分岐する一時対応手段として広く使われるようになった。すでにコンタクトポイントの1つとして、落ち着いた使われ方がなされている。現在のキャンペーンでは、WebサイトやEメール、携帯メール/携帯サイトなどが主流となっており、コストパフォーマンスも見直されつつある。

コールセンターからコンタクトセンターへ

一時低迷しかけていたテレマーケティングは、『コールセンター』という形でまた復活してきた。CTIやテレマーケティングシステムはかなり熟していたが、インターネットが台頭して、逆に電話が見直されてきたのだ。特にITバブル崩壊以降、ネット専用の商品であっても新規顧客は電話の方が有効的であることがわかり始め、フリーダイヤル番号に合わせて数字を使ったわかりやすいURLの活用がされてきた。つまり、Webサイトを見てフォーマットに記入するより、フリーダイヤルで電話する方が手軽であるからだ。特に高齢者がターゲットの場合は、確実に電話のほうがレスポンス率は高い。

現在、最も効率よくレスポンスを得るためには、ターゲットとする対象が何を使って反応するか、というコンタクトポイントを想定しなければならない。電話、携帯電話、携帯メール、中でもインターネット利用者には、Webサイトを閲覧するときやEメールなどをチェックするときにPC、PDA、携帯など、何を使うのか、どんな端末で閲覧するのか。それによってコンテンツの仕様が変わってくるからだ。

そうしたレスポンスを一元的に受けるセンターがコンタクトセンターである。また、2000年からブレークしてきたCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)手法の浸透で、コンタクトセンターは単なるインフラとしてのセンターだけではなく、マーケティング寄りのセンターとして脚光を浴びるようになった。
 コールセンターやコンタクトセンターの時代に入り、確かに大手インハウスのコールセンターもアウトソーサーも綺麗で立派になってきた。CTIコールセンターシステムや、コンタクトセンターのためのCRMシステムも充実してきた。しかし、未だ米国のコールセンターに追いついていないところも少なくない。

その1つはモニタリングによる管理・運営であろう。センター運営の中でモニタリングが的確に行われているセンターもあまり多くはない。モニタリングはただ単に消費者とコミュニケーターとのやりとりを聞いて、個別評価やコーチング時のデータにするだけでなく、センターの質的評価の中心にならなくてはならない。

こうしたモニタリングシステムの運用は、クライアント企業からすれば信頼の証でもある。米国ではクライアント企業側がどんなに遠くにいても、委託している自社の大切なオペレーション業務であるため、必ずチェックできるようになっている。すでに10年前からこうした運用が米国でなされているのだ。日本のコールセンターのアウトソーサーにも大いに期待したい。
 

[電話サービス業の歴史的変遷] 2003年7月21日

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