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記憶メディアとしてのブログ

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口コミで伝わったことは果たして噂かデマか、真実か。広辞苑によると、「噂」は2つの意味があり、1つはある人の身の上や物事について陰で話すことで、またはその話とある。もう1つは世間で根拠もなく言いふらす話、風説、世評と書かれている。とにかく自分のことではなく、他人のことについて話したくなる人間のこうしたアクションは誰もが持っている深層心理かもしれない。

同じように「デマ」も調べてみると、事実と反する煽動的な宣伝、悪宣伝、あるいは根拠のない噂話と書かれている。また、「悪事千里を走る」「悪事千里を行く」などのことわざにもあるように、悪い噂やデマは伝わるのが早いとされているが、果たしてどれくらいの早さなのか。

あまり噂を気にしないようにと先人達が残してくれたことわざでは、「人の噂も四十九日」、「人の噂も七十五日」、「人の噂も十月十日」等、2ヶ月未満から10ヶ月程度とその期間に差があるのも不思議である。

ネット時代に入り、口コミの速度は明らかに早くなっていることは誰も疑う余地がないこと実である。それも千里(4,000Km)どころではなく、ネットが瞬時にグローバルレベルで伝わることを考えれば、「ことわざ」までも死語としてしまう時代になっている。ネット上にアップされた各種の情報は、ネット運営者が消さない限り、サイト上にいつまでも残り、古い内容でも気軽にいつでも検索サイトで調べては閲覧することができる。

すでに忘れかけたことも、サイト上では何年も残ることになる。「人の噂も四十九日」から「人の噂もサイト次第」ということになるのでしょうか。忘れようにも忘れることができなくなるこの状況が良いのか悪いのか、今後はこうした時代の変革に対応することが必要になると思われる。

時間が経てば消えてなくなるものが、ネット上にいつまでも残すことが可能になった。自分のブログを公開し、見知らぬ人がそのブログを読む。それが口コミになり、その口コミの状態を調べることもできる。便利になったと言うよりも、これからは知らなくてもいいことまで、知るようになる。そうした現象は日常の生活にどうのように影響するのだろうか。

こうした状況が10年も続くと、ネットにおけるブログや情報は自分の記憶を呼び戻すものになるのであろう。当社の波多野blogも3年目に入り、既に書いたコラムは800を超えている。時として、自分自身の経験や知のアーカイブにもなり、自分の考え方の流れを知ることができる。10年後、これらのブログを振り返って見ると、様々な記憶が蘇るのかもしれない。

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[記憶メディアとしてのブログ] 2005年9月16日

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